インスタグラムは何が特別だったのか

この2、3年の写真共有アプリの市場はもはや狂乱状態に近い。1999年には、世界中で800億枚の写真が撮影され、7000万台のカメラが売れたが、現在は、世界中で数十億台の携帯電話、タブレット、パソコン、カメラによって、毎月800億枚の写真が共有されている。

インスタグラムは、ほかのいくつかのアプリと同様、ユーザーが自分で撮った写真にフィルターをかけて、さまざまな雰囲気にできるアプリだ。そういう目的に関してはほぼ完璧な設計だ。シンプルで実にうまくできていて、日常の写真を、直感的な操作で編集したりシェアしたりできる。

しかし、この分野には同じくらいシンプルでうまくできたアプリがほかにもたくさんある。インスタグラムが、フィルターというアイデアを発明したわけでもない。では、インスタグラムのいったい何が、そんなに特別だったのだろう。

実は、インスタグラムの創設者は開始前に、起業家のケヴィン・ローズ、ジャーナリストのM・G・シーグラー、テクノロジー・エバンジェリスト(最新テクノロジーを一般向けにわかりやすく解説し、世に広める役割を担う職種)のロバート・スコーブル、ツイッターの共同創設者のジャック・ドーシーなど、サンフランシスコのテクノロジー業界の大物のところに、インスタグラムの初期バージョンを持って行っていた。

これら業界の著名人たちが、ツイッターに、インスタグラムの写真を何枚か投稿してくれた。そこは、合わせて何百万人というフォロワーが存在している場所である。このようにインスタグラムは、既存の巨大なネットワークを利用して、製品を売り出す前から、すでに何千人もの人々にアプローチしていた。

2010年10月6日、インスタグラムのサービス開始当日、2万5000人がアプリをダウンロードし、アップル社が運営するアプリストア「アップストア」の売り上げトップに躍り出た。ドーシーが投稿したインスタグラムの写真をツイッターで見た多くのiPhoneユーザーたちが、発売と同時にこぞってアプリをダウンロードしたのである。

シリコンバレーのジャーナリストたちに言わせると、立ち上げたばかりの事業が、公開前にテクノロジーのブログでこれほどプロモーションと注目を得られるのは、前代未聞だそうだ。

インスタグラムを成功させた第一の要素は、明快で楽しく使いやすい商品の魅力だ。私たちが視聴するメディア、購入する商品、目にするデザインはすべて「流暢性(りゅうちょうせい)」と「非流暢性」の間のどこかに存在している。

つまり、考えるのが大変易しいものと、極めて難しいものの間のどこかに位置する。多くの人々は、穏やかな「流暢性」を感じながら生活している。前に聞いたことのあるような音楽を好んで聴き、知っているキャラクターや俳優や筋書きの映画を見たがる。支持していない政党の議論には、特にそれが込み入ったもののときは、耳を傾けようともしない。

「流暢性」を生じさせる大事な要素の1つが「なじみ感」である。よく知っている考え方は、脳が処理しやすく、メンタルマップ(認知地図)の中に収納しやすい。人は美術作品を見て、以前にこれが有名な作品だと習ったことを思い出すと、「あ、これだ!」という認識の喜びを感じ、その高揚感が作品から来たものだと思ってしまう。

また、自分が持つ偏見が含まれている政論を読むと、世の中を見る自分の見方に、それが心地よく収まってくれる。そのように、「なじみ感」と「流暢性」と「事実」は、分かちがたく関係している。頭の中で、「その考え方は聞いたことがある」と「その考え方は正しいような気がする」と「その考え方は正当で真実だ」が、互いに混ざり合ってしまう。

好きな理由を考えると「好き度」が下がる理由

ここで、次のようなゲームをやってみてほしい。

1. 最近見た映画、演劇、テレビ番組で、最後まで見たものについて考え、感じたことをつぶやいてみる。
2. 1点(ひどい)から、10点(最高)までの点数をつける。
3. その映画ないし番組について、具体的によかった点を7つ、指を折りながら考える。7つ思いつくまで、途中でやめない。
4. もう1度採点し直す。

この種のゲームはよく知られている。しばしば大変興味深い現象が生じるからである。大抵の場合は、2から4に行く間に点数が下がるのだ。

好きだという理由をたくさん考えると、なぜ評価が下がるのだろう。「好きな理由」の2つ3つはすぐに思いつく。しかしその後は、考えるのが明らかにしんどくなる。つまり「非流暢性」を経験する。そして時にはそのしんどい気分が、対象となる映画やテレビ番組の質のせいであるかのように思えてしまう。

要は、あまりよく考えないほうが、より好きになれるということだ。英国の研究者が行った大胆な研究で、大学生たちにトニー・ブレア元首相について尋ねたものがある。学生たちに元首相のよいところをたくさん挙げさせれば挙げさせるほど、評価は落ちた。夫婦に相手のよいところを考えさせた実験では、魅力のポイントを少なく言わせたカップルほど、相手に対する評価が高かった。考えるのが難しくなると、その不快さが思考の対象に転嫁されるのである。

学問の世界も同様である。2014年、ハーバード大学とノースイースタン大学の共同研究チームが、アメリカ国立衛生研究所などの一流研究機関から研究資金を得やすいのは、「安心感となじみ感のある研究」なのか、それとも「非常に創造性に富む研究」なのかを知るための調査を行った。およそ150件の研究計画書を集め、まずその新規性を採点した。次に142人の世界的権威の科学者たちに、それぞれのプロジェクトを評価してもらった。

最も新規性が高いいくつかの研究は、評価が最低だった。「新しいものは、誰からも好まれません」と、研究チームのリーダー、カリム・ラクハニは言った。「専門家はどうしても、自分と同じ分野の研究計画に過剰に批判的になります」。

次に、非常にありふれた内容の計画は、それより多少ましではあったが、評価は高くなかった。最高の評価を得たのは、「多少新鮮味がある」と評された研究計画だった。発想には「最適レベルの新しさ」というものが存在するのだと、ラクハニは言う。つまり、先進的だけれども、受け入れてもらえる程度の新しさである。

研究計画の新規性と評価スコアの関係(図:『ヒットの設計図――ポケモンGOからトランプ現象まで』より)

「最適レベルの新しさ」が好まれる状況は、ヒットメーカーの世界全般にわたって見られる。映画のプロデューサーも、アメリカの国立衛生研究所の科学者たちと同じように、毎年何百という企画を評価して、その中のほんのわずかを採用することしかできない。シナリオライターたちは、プロデューサーたちに注目してもらうために、わかりやすく聴衆に訴える登場人物や筋書きにしようとして、有名な作品を組み合わせてオリジナル作品を作るということをよくやる。たとえば『タイタニック』は、沈む船の上の『ロミオとジュリエット』だし、『ペット』は、動物たちがしゃべる『トイ・ストーリー』という具合である。

エアビーアンドビーは「家のイーベイ」?

大量に持ち込まれるビジネス企画書をベンチャー投資家がふるいに掛けるシリコンバレーにおいても、同様の流儀が行き渡っていて、ほとんど冗談のようだ。部屋の賃貸を行うエアビーアンドビーはかつて、「家のイーベイ」と呼ばれていたし、オンデマンド配車サービスのウーバーやリフトはかつて、「車のエアビーアンドビー」と言われていた。またウーバーが有名になった後は、新規参入のベンチャーがいくつも、自分たちを「○○のウーバー」と名乗った。

 

クリエーティブな人たちは、「アイデアを売り込むためには、もっと市場に合わせる必要がある」とか、「違和感のない格好をしなければ」などと言われたらムッとするだろう。自分の新しいアイデアの優秀性は一目瞭然で、マーケティングなど不要だ、と考えるのは大変気分がいいからだ。しかし、学者であれ、シナリオライターであれ、起業家であれ、すばらしい新規のアイデアがあるのにマーケティングに失敗するのと、ほどほどのアイデアを卓越したマーケティングに乗せるのとでは、破産と大成功という違いにつながりかねない。

コツは、新しいアイデアを、これまでにあるものをひとひねりしたかのように作ることだ。少しの「流暢性」に少しの「非流暢性」を混ぜ、視聴者や消費者に驚きを与えながらも、どことなくなじみ感を覚えさせることである。

「バイラル・マーケティング」の真実

インスタグラムをヒットに導いたのは、商品の魅力だけではない。それが乗り込んで行ったネットワークの力でもある。完璧なものを作るだけでうまくいくことはまれで、それをどのようにして届けるべき相手に届けるか、同じくらい注意深く計画を立てる必要がある。

にもかかわらず、人々のネットワークについては多くの場合正しく理解されていない。たとえば、新しい流行を、まるで「病気」であるかように語るのが流行になっている。ポップソングに「感染力がある」と言ったり、商品に「伝染性がある」と言ったりする。広告業界とプロデューサーたちは、「バイラル・マーケティング」という理論を生み出した。誰かが口にしたことがすぐに周りに広がり、それが社会現象にまで発展することを意味する。この理論は、企業はもはや商品をはやらせるための複雑な「ディストリビューション戦略」を必要としないという考え方を後押しした。本質的に感染力を持つものを作りさえすれば、作り手は何もせずに、ウイルスが爆発的に拡大するのを待っていればいいというわけだ。

疫学におけるバイラル(図:『ヒットの設計図――ポケモンGOからトランプ現象まで』より)

疫学において、「バイラル(ウイルス性)」という言葉の意味はもっと明確である。それは、病原菌が、菌自体が死ぬ、あるいは感染している人間が死ぬ前に、少なくとも2人以上に感染することである。ウイルス性の病気は、指数関数的に広がる可能性がある。1人から2人、その2人が4人、4人が8人──。あっという間に大流行に発展する。

 

はたして新しい考えや好みも、ウイルスのように広がるのだろうか。長い間、誰にも確かなことはわからなかった。うわさ、服のファッション(たとえば細身のジーンズ)、思想(たとえば普通選挙権)などが、人から人へどう広がったかを、正確に追跡することは難しい。そこで「素早く広まったが、どうして広まったのか定かでない」と言うときに、しゃれた表現として「バイラルに広まった」という言い方が一般的に使われるようになってきた。

7回以上シェアされるツイートはわずか1%

しかし現在では、新しい考え方が広まるときについた足跡が残っている場所がある。インターネットだ。たとえば、私がツイッターに何か投稿する。それはシェアされ、それがさらにシェアされる。この段階的広がりのそれぞれのステップが追跡可能である。科学者たちは、世界中を飛び交うEメールもフェイスブックの投稿の足跡も、たどることができる。デジタルの世界になってようやく、「新しい考え方は、本当にバイラルに広がるのか」という質問に答えることができるようになった。

その答えはあっさりと「ノー」だったようだ。2012年、ヤフーの研究者たち数人が、ツイッター上の何百万件ものメッセージの広がり方を調査した。

『ヒットの設計図――ポケモンGOからトランプ現象まで』(早川書房)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

すると、90%以上のメッセージは、まったく広がらなかった。ほんのわずかの1%だけが、7回以上シェアされた。しかも、その中で最も多くシェアされたメッセージでさえ、本当に「バイラル」と呼べる広がり方をしたものはなかった。人々がツイッターで目にするニュースのほとんど──およそ95%は、元の情報源から「1次の隔たり」によって直接得た情報である。

インターネット上では、何もかもがバイラルに広がるように見える。だがおそらく、そういうことがあったとしても、非常にまれである。デジタル世界のメガヒットは、1対1がつながる瞬間が100万回存在したのではなく、1対100万の瞬間が何回かあったのだ。ヒットの世界全体を見てみると、この研究結果が示しているのは、記事、曲、商品などが、先ほどの図のような広がり方をしないということだ。ほぼすべての人気商品やアイデアは、1つの源から膨大な数の個人に、同時に(つまりウイルス感染のようにでなく)伝わるのである。

ヒットの広がり方(図:『ヒットの設計図――ポケモンGOからトランプ現象まで』より)

「バイラル」を信奉するマーケティングの担当者たちは、現代で何かの人気を高める唯一の道は、うわさや口コミによる広まりであると思い込んでいる。彼らは口コミの力を過大評価しているのだ。商品や作品自体が優れたものであることが前提だが、ヒットメーカーになるためには、人々のネットワークを理解することが同じくらい不可欠である。

 

 

https://toyokeizai.net/articles/-/241071

インスタグラム中毒になる理由がわかりますね。

少し気をつけなければいけませんね。

 

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