2015年という年が日本企業にとってどういう意味を持つか、皆さんはご存じだろうか? 実は総務省が1920年に国勢調査を開始して以来、初めて人口減少を記録した年なのである。2015年を機に日本の人口は減少し始め、2065年には1億人を大きく割り込んで、約8800万人まで減少すると総務省は予測している(※1)。今後40年間で、関東地方がまるまる消失するに匹敵するという、驚異的な規模で日本人口の縮小が始まった(※1 出所:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」 )。

縮小する自国市場のみに依拠していれば、過当競争に巻き込まれ、競争優位のない企業が淘汰されるのは必定。大規模な産業再編も発生するだろう。このような事態を避けるためには、新たなフロンティアへの進出は不可避であり、新規に海外進出を企図したり、既存の海外事業の強化を志向したりする企業数はとみに増大している。

「ASEANでの売上倍増を今後5年の最重要戦略と位置付けます」
「ASEANでM&Aを加速させます」

決算説明会に行けば、「猫も杓子も」と言いたくなるほど、ASEANを連呼する経営者たちの姿がある。実際そのASEANは、1990年代後半に発生した通貨危機が収束して以降、各国とも政治的にも安定し、経済は順調に成長している。消費の牽引役である中間層も大きく育ってきており、日系企業にとって格好のフロンティアが出現している状況だ。

ASEAN市場進出には現地パートナーが不可欠

しかしながら、そのような有望市場が目の前にあるにもかかわらず、現地の情報を十分に取ることができず、一歩を踏み出せない企業は意外に多い。2015年末にASEAN経済共同体が発足し、域内の資本やモノがより自由かつ効率的に流れるようになってきている。一方で国ごとの経済格差は大きく、外資参入に対する規制水準は一様ではなく、また宗教に起因する商習慣・生活習慣の違いも存在する。当然、ユーロのような共通の通貨はない。

いきおいASEAN参入戦略は各国個別に立案せねばならず、それぞれの国で誰をパートナーとすべきかが、参入を企図する者にとっての大きな課題となる。ASEANでの業務歴の長い大企業や、情報が集まりやすい銀行・商社はまだしも、これから進出を検討する企業にとって、その国にどんなパートナー候補がいるのかを調べるのは非常にハードルが高い。そんな悩める日系企業のガイドラインになればと私が執筆したのが、「ASEAN企業地図 第2版」(翔泳社)である。

この本の特徴は、ASEAN各国のタイクーン(Tycoon)が支配する企業集団、すなわち現地の財閥の事業系統図と資本関係をビジュアル化した点である。タイクーンは「大物」や「実力者」を意味する英語であり、「日本国大君」の略である「大君」に由来するといわれる。

ここではビジネスで大成功した大富豪を指すが、彼らは単なる富豪ではなく、巨大な企業集団を率いる現役のCEOであり、日々新たな事業を興そうとしているアントレプレナーでもある。

インドネシアのサリムやシナルマス、タイのセントラルやCP、フィリピンのアヤラやサンミゲルなどはASEANを代表する財閥である。傘下に有する企業群は財閥ごとに異なるが、食品製造、小売り、オート、物流、金融、不動産、放送局、携帯電話会社、航空会社、はたまたF1チームにヨーロッパのサッカーチームまで、そのビジネスの範囲はとてつもなく広い。そして近時では、Eコマースや自国のスタートアップ企業に対するVC投資など、新しい事業も積極的に拡大している。

タイクーンは、その保有するビジネスにおいて独占的シェアを持っていたり、川上から川下までのサプライチェーンをコントロールしていたり、全国をカバーする販売チャネルを有していたりするケースが多い。そのような彼らの特性を上手く活用しながら、「いかにWin-Winの提携関係を構築するか」について解説しているのも本書の特徴だ。

初版は2015年12月に発売されたが、ASEAN財閥に関してビジュアル的にまとめた書籍はなかったこともあり、「分かりやすい」「海外駐在者のバイブル」などとありがたい評価をいただいてきた。一方、時間の経過とともに集録しているデータも古くなったため、この度改訂版を出版した。改訂版とはいってもほぼ全面刷新の内容となり、加えて初版に対してリクエストの多かったミャンマー・ベトナムの財閥も加えた。ご興味があれば、ぜひ手に取っていただければと思う。

3年で大きく変わったのは「M&A」「中国企業の進出」

ASEAN企業地図の改訂版と初版を比較すると、特筆事項が2つある。ひとつは、各財閥が積極的にM&Aを活用し、成長を図っている点だ。各財閥の鳥観図は改訂版において箱の数が増え、より密になっている。とりわけタイの有力企業によるクロスボーダーM&Aの増加は顕著で、表が示す通り非常に大型の案件が成立している。

実は、人口増加が続くASEANにあって、タイは唯一人口減少が予想されている国なのである。日系企業が海外にフロンティアを求めるのと同様、タイ企業もベトナムやインドネシアという人口の増加が見込まれている地域への積極的な進出を図っている。

これらタイ企業による一連のM&Aの成否は、現在進行中であろう買収後の統合作業(PMI: ポスト・マージャー・インテグレーション)によるところが大きく、現時点で評価するのは尚早と言える。特に、買収に伴って巨額の負債を抱えることになったグループもあるため、買収先とのシナジーをいち早く実現させ、利益増加、財務健全化、株価上昇という流れをどのように実現していくかが注目される。

しかしながら一方で、マザーマーケットの縮小に直面して迅速に行動し、M&Aを成約させたタイ企業の経営力は特筆に値する。あえて特定はしないが、タイ企業が買収した企業の中には、日系企業も目をつけ、買収を検討していたと思われる銘柄も含まれている。被買収企業が、日系企業ではなくタイ企業をパートナーとして迎え入れた理由は何か。その背景を分析・研究する価値はあるだろう。

もうひとつの特筆事項は、中国企業の躍進だ。財閥の鳥観図の中では、初版にはなかった中国企業のロゴが、そこかしこに踊っている。近時のM&Aの潮流として、Eコマースやフィンテック、それらを支えるデータセンターへの投資など、デジタルエコノミーといわれる領域でさまざまなM&Aや提携が発生している。

下図は、タイとインドネシアにおいてEコマース関連でどのようなプレーヤーが存在するかを図示したものである。アリババ、テンセントといった中国のネット系企業は、SNS、Eコマース、ファイナンスなどのさまざまなビジネスをグループ内に持ち、中国のみならずASEAN各国に事業を積極展開している。

この図に現れているCP、セントラル、サハ、リッポー等のグループは、日系企業との関係が深く、これまで様々な事業領域で提携関係を築いてきた。日系企業の製品の品質やサービスのクオリティの高さは折り紙付きであり、これら財閥グループも高く評価していることは間違いない。

しかしながらEコマースをはじめとするデジタルエコノミーという分野において、日系企業は中国企業の後塵を拝し、ASEANの有力企業との関係を築けないまま、陣取りゲームで敗北している状況が発生している。この状況が物語るものは何であろうか。

日本企業に足りない「スピード」と「想像力」

1つ考えられるのは、デューデリジェンス(以下DD)など、案件検討の時間に対するスタンスの差であろう。標準的なDDに要する時間はある程度決まっているが、稟議制を用いる日系企業の検討期間は長くなりがちだ。大型のM&Aや、デジタルエコノミーのような新しいビジネスへの参入では、慎重を期すほどDD期間や検討期間が長くなることはあれ、短縮化することはない。

ビジネスの不確実が高い点はタイ企業や中国企業にとっても同様だが、ASEANの財閥企業や、アリババ、テンセントなどは、オーナーの即断即決により事業を推進している点で、日系企業の検討スタイルとは大きく異なる。不確実性の排除に日系企業が時間を要している間に、ASEAN財閥や中国企業に案件を奪われた可能性がある。

もう1つ検討すべきは、日系企業のビジネス構想力に訴求力があったのか、という点だろう。日本の社会は基本的に満ち足りており、後進国が抱えるような生活利便上の「課題」というものが少ない。つまりNeedsやWantsを感じることなく日々の生活を送る中、ASEAN社会に対し、提案する能力が細っているのではないか、という懸念である。

この点で中国のデジタルエコノミー系の企業は、自国の10億人市場での成功をベースに、ASEAN財閥に提案をしたことは想像に難くない。新しい領域で巨大な市場を作っていこうというマインドと、意思決定のスピード感で、日本企業が中国企業の後塵を拝しているのは間違いないだろう。

近年、日系企業に対する評価として「3L」というものがある。Look、Learn、Leave。すなわち「日系企業は見て、学んで、去るだけで、投資はしない」というものだ。

人口減少を前提としたタイ企業の隣国への積極的な進出、そしてデジタルエコノミーという不確実性の高い事業領域での中国企業の躍進。LeaveではなくActionをしているこれら競合に対し、どのように対峙していくのかは日本企業の課題と言えるだろう。

また、満ち足りた社会の中で、つまりNeedsやWantsに対して不感症になっている中で、弱体化した事業構想力をどう回復するか、それは日本企業の国際競争力を考えるうえで非常に重要なテーマである。人口が減少し、未来への提案力もない国に、それこそ未来はないのだから。

引用元

https://diamond.jp/articles/-/199242

スピード力はかけている気がします!

確かにこれに関しては凄く分かります。

 

 

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