世界最大の新興市場である米ナスダックの中でも飛び抜けて時価総額の多い企業をFAANGと呼称することが一般的になってきている。Facebook、Amazon、Apple、Netflix、Googleの頭文字をとったものだ。これらの企業に共通しているのは、本社をカリフォルニア州のサンフランシスコとサンノゼ周辺のシリコンバレーに置いていることだ。

そのため、起業家が世界中から集まるスタートアップのメッカともなっている。日本から見るとそこに本社や拠点を置き、ビジネスをスタートしたいと思う若き起業家も多いことであろう。ところがそれは違うということを、私は移住して半年ほどで身をもって思い知らされた。

現地でアナリティクスのプロと紹介されたK氏と話をした時である。K氏はロサンゼルス出身で現地の広告代理店勤務の経験もあり、その後はサンフランシスコに移り、IT企業でデータ解析の仕事をしていた。彼は私に会うなり「(あなたが起業すべき場所は)サンフランシスコではないのでは?」と言ったのである。

大企業で進む「シリコンバレー離れ」

実はいま、アメリカの企業で「シリコンバレー離れ」現象が起きている。その行き先はロサンゼルスやシアトル、ポートランド、サンディエゴやオースチン(テキサス州)などが挙げられる。

経済誌『エコノミスト』は今年8月、テクノロジーやイノベーションのハブとしての優位性は衰えた、との理由などにより、シリコンバレーでの起業が少なくなっていることを伝えている。その中でペイパルの創業者でシリコンバレーで最も影響のある起業家・投資家とも言われるピーター・ティール氏がシリコンバレーを離れロサンゼルスに移住したことも記載している。

現地の状況も良く知っていて信用できる彼からその話を聞いたときは、憧れのシリコンバレーにようやく移住し「これからビジネスを展開だ」と思った矢先で少々ショックを受けた。実際に現地のネットワークイベント(Meetup)やセミナー、紹介などで知り合った人たちに営業の機会を何度かもらい、その反応をみるうちに彼の言っていることが身に染みてわかるようになった。

当社のビジネスはデータ解析を中心とするデジタルコンサルティングファーム、つまりはコンサルティング会社であり、広告代理店や制作会社、システム会社などと同様に企業の業務を部分的に支援するビジネスモデルである。

ところがシリコンバレーでは、大企業もスタートアップ企業も「すべてを自分でやろうとする文化」、つまり他の企業からの支援を必要とする文化ではなかったのである。

たとえばある媒体に広告を打とうとする。昔であればテレビCMや雑誌など、クリエーティブな広告を作るのには専門的な広告代理店が必要だった。しかし、今はインターネット広告を中心とした時代に移行しており、シリコンバレーでは自分たちでグーグルやフェイスブックなどの広告を申し込み、自分たちで運用している。

さらにそれらの広告メディアも自動化、AI(人工知能)化などが進んでいるため、わざわざ広告代理店を使ったり、大きな意味でマーケティングコンサルティング会社などは使わないのである。

またフェイスブック規模の資金が豊富な会社だと、ホームページ制作会社を丸ごと買収することを通じて、社業に必要な機能を取り込んでいく。つまりお金で時間を買うようなこともしているのである。

ではスタートアップ企業はどうか。彼らは2~3人で事業を開始することが多い。その際、シリコンバレーの投資家から出資・支援してもらう金額は1万〜10万ドル(100万〜1000万円)が相場だろう。それを得たとしても、約6カ月分の運転資金ぐらいにしかならない。コンサルティング会社や広告代理店、そして制作会社など外部に業務委託費を払えるほどの手元資金もないのである。

またシリコンバレーの起業家は、スタンフォード大学、ハーバード大学のほか世界中のトップクラスの優秀な人間が多い。彼らからするとプロダクトのコードを書くのも、マーケティングも営業も全部自分がやったほうがうまくいくとも考えているし、コンサルティングなども必要ないと思っていると聞いたこともある。

重くのしかかる人件費

シリコンバレーでは雇用を拡大し、ビジネスを大きく拡大する際の人件費にも注意が必要だ。なぜ人件費が高いか。シリコンバレーが魅力的なITの地域であるため、サンフランシスコを中心とした狭い地域に多くの企業と人が殺到することで住宅価格が高騰していることが原因といえる。

「20代半ば」「独身」の条件でIT企業の営業スタッフを雇用しようとした際に、日本では東京でも400~600万円の間で見つけることができる。ところがシリコンバレーだと、同条件ではほぼ見つからない。その年収では生活維持がかなり困難なのである。目安としては1500万円(Hired.comのSalaryリポート)。日本と比べ約2〜3倍の給与となっているが、実際に面接などを通して言われる金額も1.5〜2.5倍という感覚である。

住宅相場をみると、シリコンバレーのワンルームの相場は約15万〜20万円。家族持ちとなると家賃30万円以上の住居でないと普通の暮らしができないため、必然的に最低ラインは800万円以上、家族がいると1500万円は必要となる。日本でいうと役員級の給与額である。いくらシェアオフィス、安いオフィスを見つけても人件費が重くのしかかり、企業の収益化を遅らせることになるのである。

アメリカでのIT業界の平均給与。サンフランシスコ・ベイエリアの14万2000ドル(約1500万円)が全米の中でも突出して高いことがわかる(出典:State of Salaries Report

私の場合、シリコンバレーで1人を雇うために1500万円の報酬と、各種保険や福利厚生の20%の上乗せが本当に重く感じられた。何人も面接したが、特に日本で稼いだ利益を投資することを考慮すると慎重にならざるをえず、なかなか踏み切ることができなかった。

シリコンバレーへの日本企業の進出数は近年過去最高の719社だそうで、いったん2000年初頭は減少したものの、ここ数年進出する日系企業は増加傾向だそうだ(JETRO「ベイエリア日系企業実態調査 2014年調査」)。一方でこの市場を開拓できているIT企業は少ないように思う。

日本のIT企業の認知度はまだまだ

IT企業の進出事例として楽天、メルカリなども聞くが、まだまだ現地で認知を獲得しているとは言えない。唯一アメリカ人にも認知されている日本のIT企業といえばソフトバンクだろうか。ウーバーへの出資やスプリントへの出資など、世界の第一線で戦っている印象を持つ。

そのほかの日本の企業をみると、シリコンバレーでAIやIoT(モノのインターネット)などのイノベーション技術や発想を学び、チャンスがあれば投資をする、という名目で多くの会社がオフィスや駐在事務所を持っている。

しかし戦略的に長期的なビジョンをもっているかというとそうとも言えなさそうだ。投資という面1つとっても、現地に長く根付いてネットワークと信頼と実績をつかんでやっとウーバーやエアビーアンドビーなどのユニコーン(時価総額10億ドル以上)に出資ができるチャンスをつかめるのだ。2~3年の間隔で駐在員が交代するという昔ながらのスタンスでは、このような機会に結び付くことは少ないのではないかと感じる。

そうこうしているうちに先のK氏からも「家族とロサンゼルスに引っ越すことにした」と聞いた。結果的にK氏を口説き当社に入社してもらうことになり、また別のきっかけで会うことができた現地でデジタル広告代理店会社を起業し、大きくして売却した成功者M氏を現地の社長(President)に迎えることで、ビジネスの拠点をロサンゼルスに移すことにした。地道に人脈ネットワークを構築し、最良のパートナー、チームでスタートができた。

彼ら以外にも営業の責任者を採用したが、コスト的にも12万ドルほどで良い人材を見つけることができ、それはシリコンバレーの価格では15万ドルはするであろうことを考えるとよりリーズナブルであった。また採用の際に応募人数もサンフランシスコの2倍以上の応募があり、人材を見つけやすかったことも大きなメリットであった。

日系企業多いロサンゼルスで市場開拓

当社の場合はより可能性のある市場を求めてロサンゼルスに拠点を持ち、採用をし、チームを作ることにした。ロサンゼルスはもともと映画の都ハリウッドを中心に栄えた街であり、映画俳優や、エンターテインメント、ディズニーなどのコンテンツが存在し、それを制作しテレビや映画に流す、というエコシステムが成り立っている。

当然ディズニーのようにすべてを自社で制作する会社もあるが、基本は俳優の代理人がいて、写真を撮る会社、ポスター製作、CM製作、コンテンツ製作などそれぞれ専門業種として分業されている。

また企業数も多く、産業も多岐にわたるため、たとえばファッション・アパレルに強い代理店、車に強い代理店など特定ジャンルに特化したところも多い。その中で自分たちの強みを活かし、どの市場を狙うかを決めないとアメリカでは成功しないのである。逆に、しっかりと狙いと顧客を定められるほど多様性があり市場性も大きいと言える。

特にロサンゼルスは良くも悪くもデジタル化されている企業とそうでない企業のギャップが大きく、データ解析やデータの扱いに関するコンサルティングの市場が顕在化している。また、日系企業が多いことで自社の強みを活かすことができる。

私自身としては、これからはサンフランシスコとロサンゼルスを往復することになるであろう。しかしずっと憧れた世界最大のビジネス大国アメリカで少しずつではあるが、苦しみながらも信頼できる人を見つけ、チームを作り、採用や営業、戦略構築などに携われていることに大きな満足感を感じている。

 

引用元

https://toyokeizai.net/articles/-/254075

果たして本当にシリコンバレーが一番快適なのかは疑問ではありますね。

日本にとって起業しやすい場所は何処になるのだろうか?

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